医師に栄養指導を期待してはいけない理由
びっくりするようなことを言うようですが、医師に栄養に関する適切な指導を期待してはいけません。
医師は、医学部で学んで、医師国家試験に合格しているのだから、栄養に関する知識が豊富で、聞けば正しい情報を何でも教えてくれると期待している人も多いかもしれません。
しかし、残念ががら現実はそうではありません。
ここでは、実態はどうか、その理由はどうしてなのか、私たちはどう行動すれば良いのかについてお話します。
「医者の不養生」は本当だった
医師4199人に対して行った調査で、自分を不養生だと思うかとの問いに、「強く思う」と回答した医師が 21%、「少しはそう思う」が 49%と、併せて7割の医師が不養生だと思うと回答しています。(日経メディカル 2018年7月「医師の不養生に関する調査」)[1]
不養生だと思う理由に関しては、「運動不足」が 58%と最も多く、「仕事のストレスが強いから」も 38%、「健康診断を受けていない」が 33%、「食習慣が乱れている」が 32%でした。
つまり、医師は仕事上のストレスだけではなく、運動不足や食習慣の乱れで、自ら不養生だと自覚していることになります。
調査では以下のような声がピックアップされていました。
- 毎日外来、入院患者も多数あるにもかかわらず、(中略)休日も輸血や抗癌剤など医師でなければできない仕事がたくさんあり、食事時間や睡眠時間も不規則で、養生したくとも養生できない。(病院勤務医、血液内科、50代 男性)
- 日頃から健康の3要素である食事・運動・休養について患者に指導しており、自分自身も適切に対応する必要があると認識している。だが、なかなか強い意思をもって対応できていない(以下略){一般内科、60代男性)
つまり、多忙で責任を伴う仕事内容など理由に、自らの健康管理がおろそかになっていることを自覚しながら、改善できていない実態がうかがえます。
これは、医師の責任感や多忙な理由が主な原因ですが、背景には医師の食事や栄養の重要性に関する認識の不足もありそうです。

ほとんどの医師は不健康な食生活による問題を改善する知識を持っていない
2019年、米国医師会は「現代の医師には栄養学の知識が不可欠である」という全く当たり前のことを記事にしました[2,3]。
「肥満、糖尿病、心臓病、がんの多くの形態が不健康な食生活によって引き起こされており、ほとんどの医師はこの問題を好転させるための知識を持っていない」と指摘している。
2018年の調査では、内科医の61%が栄養学のトレーニングをほとんど受けていないと報告している。
JAMA commentary: Nutrition knowledge essential for today’s physiciansMedicine
Reviewed by James Ives, M.Psych. (Editor)Jul 3 2019
これは、米国医師会JAMAの雑誌に掲載された論文で紹介された発言です。
発言の主は、責任ある医療のための医師委員会(Physicians Committee for Responsible Medicine)の会長のニール・バーナード医師です。
彼らの主な活動は、「医学教育における栄養の重視、健康的な食生活に関する研究、栄養に関する教育」などです(Wikipedia より)。
自分にはこの記事にハッとしました。
医師として患者さんに接しながら、栄養学的な指導が十分にできないと感じることがあったからです。
外科医として、がんの患者さんの診療に従事する中で、糖尿病や脂肪肝、肥満など明らかに食事や運動不足の問題を抱えている方がいかに多いかに気付かされます。
そしてその数は年々増加していると感じますが、このような患者さんの生活習慣を改善させるために言葉をかけても、なかなか響かないのです。
指導しても伝わりにくいし、分かりましたといってもなかなか実行に移せない。そして、やり始めたとしても継続できないため、結果として何も変わらない。
そんな無力感を感じていました。
原因の一つは、自分の指導の裏付けになっている自分の知識が薄っぺらで、しかも十分な時間をとれないためではないかと思ったのです。
それは、自分には既に身に付いていて、いまさら学び直すほどのものでもない、という考えがどこかにあったからだと思います。
栄養学に関して、まさに自分がこのような態度であったと猛省しました。
「人はすでに知っていると思っていることについて、新たに学ぶことは不可能である」
奴隷出身の古代ギリシャ ストア派の哲学者 エピクテトス
そこで、栄養学的な知識を学び直し、自分で実践することにより、患者さんに短時間に適切で具体的な指導ができるようなろうと決心しました。
米国で指摘された医師の栄養学的知識不足に関しては、日本でも似たようなものだと思います。
医師の育成過程では栄養学について十分に学ばない
医師は医学的な知識を多岐にわたり学び、国家試験に合格し、いろいろな診療科の臨床研修を受けます。
そして、専門性を深める研究や経験を経ながら成長するため、一般の人と比べて確かに栄養学的な知識の土台は広いといえます。
しかし、一般の臨床家でも栄養学のような基礎的なことには注意を向けられない可能性があります。
それは既に身に付いており、新たに学ぶべきものはないという思い込みをもっている可能性があるからです。
私も学生時代に、生化学的な基礎知識を学んではいても栄養学を体系的に学んだことがありませんでした。
また分子のレベルで栄養が細胞の機能にどのように影響しているかを深く学ぶことがなかったにもかかわらず、新たに栄養学に学ぶべきものはないと思い込んでいるところがありました。
現代の医師には栄養学の知識が不可欠であるにもかかわらず、十分に学んでいるとはとても言えないのです。


医療をとりまく企業利益の背景
医師:「薬を出しておきますね」(丁寧に指導する時間は少ない)
医師には、患者さんの年齢、性別、肝臓や腎臓の機能や病態などに合わせて、数多くの治療薬の選択肢の中から、適切なお薬の組み合わせを処方する能力が求められます。
このために、医師は常に新しい知見や治療薬についての知識をアップデートしていく努力が必要です。
したがって、まじめに専門の診療科に取り組んでいればいるほど、ある患者さんの病気や症状の発生過程のバックグラウンドになっている生活習慣や食習慣に本気で取り組む姿勢が失われてしまう危険性があります。
たとえば、糖尿病ではまず食事療法や運動療法で改善を試みることになります。
日本糖尿病学会が刊行している「糖尿病治療ガイド2020-2021」には、2型糖尿病の治療に関して下記のように記載しています[4]。
患者自身が,糖尿病の病態を十分理解し,適切な食事療法と運動療法を行うように指導する.
糖尿病治療ガイド2020-2021 (日本糖尿病学会 編・著)
多忙な医師は、栄養指導が重要なことは分かっていても少ない診療時間を割いて丁寧に指導する余裕はありません。
ですから、一部の医師を除いて、医師に栄養学的な知識や適切な指導を期待してはいけないのです。
糖尿病治療の原則は「適切な食事療法と運動療法」です。
にもかかわらず、それは実践されないまま、血糖コントロールも薬物療法に頼らざるを得ないのが実態なのです。
適切な食事療法と運動療法が必要なメタボリックシンドロームや高脂血症なども同様です。
患者:「お薬を飲めばいいんでしょ」(食事や運動は面倒)
残念なことに、私が外科医として担当する2型糖尿病の薬物療法を受けている患者さんで、食事療法と運動療法について本当に理解して実践できている人はほとんどいません。
食べたいものを食べ、飲みたいものを飲み、運動はしない。
「糖尿病の薬を飲んでいるから大丈夫」だと思っています。
ほとんどの患者さんは、食事と運動の重要性について甘く見ているか、頭では理解していても継続はできないんです。
初診時のHbA1cが9.0%未満の時は必要に応じて食事療法,運動療法の強化を指示し,これらを2,3か月続けても,なお,目標の血糖コントロールを達成できない場合には薬物療法を行う.
糖尿病治療ガイド2020-2021 (日本糖尿病学会 編・著)
食事療法と運動療法をしっかり行うように指導をされても、目標の血糖値が達成できないのは、かならずしも真剣に食事や運動に取り組んでいる結果ではありません。
いかし、2−3か月間の食事療法・運動療法で十分な効果がなければ、その患者さんは食事療法や運動療法に反応しないか、きちんと指導内容を守れない人だと判定されます。
たとえ病気と治療に関する正しい知識の教育と指導に改善の余地があったとしても、ベルトコンベヤー式にお薬による治療へ流れていきやすいわけです。
それは、医療の現場では一人当たりの診察時間を短くできるし、短時間に多くの患者さんを診察できます。
そして、患者さんは無理に食事や運動で頑張らなくても済みます。
その結果、医薬品業界は薬の売り上げが上がってどんどん儲かるというしくみがあるからでもあります(「健康に関する「三方よし」の理想と現実」)
企業:「薬(製品)が売れればいい」(製薬会社・食品業界の利益)
糖尿病をはじめとする成人病の多くは、食事の偏りや加工食品が原因になっています。
例えば、清涼飲料水や甘いお菓子類、パンやめん類には中毒性があり、摂り過ぎは糖尿病や成人病のリスクを高めます。
一方でそのリスクを声高に言ったり、食事指導で禁止することは食品業界の企業利益を損なう可能性があります。
そのため、当然ながらマスコミではまず取り上げられません。
一方で、糖尿病の治療薬が開発され、治療の選択肢が増えることは、当然ながら患者さんにとっての利益につながります。
糖尿病の専門医であれば、その人の年齢や臓器機能などを考慮して、どの薬剤を使用するのがよいかという知識は豊富なので、薬物療法やインスリンの使用法についてのエキスパートであります。
しかし、糖尿病の治療薬は、市場規模が大きいため製薬メーカーが多くの投資を行い、新薬を開発して医師に対して講演会などのマーケティングを仕掛け、いかに売り上げを伸ばすかを競っている側面があります。
糖尿病を専門とする医師たちの名誉のために、念のため断っておきますが、ほとんどの医師は、そんな企業の思惑について意識することなく患者さんのために一所懸命やっています。
誤解を恐れずに言えば、本当は食習慣に大きな問題があるのに、経済活動、企業利益追求が優先されて、食事指導より薬物療法が重要視されてしまう危険性があるのです。
現場では食事指導や運動療法は医師の仕事ではない
本来ならば、医師が十分な時間をとってその人に合った食事の内容について指導するのが理想でしょうが、その能力があったとしてもそんな暇はありません。
医師は、患者に合った栄養指導や運動療法の指導を「処方」するのであって、実際の医療現場で実際に指導するのは、栄養士であり、理学療法士や健康運動療法士となってしまうのです。
しかし、多くの中小の病院やクリニックでは、そのような人員を十分に配置するような余裕もありません。
現実として、これらは時間を要する割に、病院の収益は少ないので、手っ取り早く糖尿病薬を処方して再診を促すのが賢明ということになります。
これは病院が悪いというより、栄養指導や運動療法の指導にに診療報酬を厚くしない厚生労働省による医療行政の問題かもしれません。
突っ込んで言うと、もっと食事指導や予防医学に重点を置くような医療システムにするように診療報酬の配分を再検討すべきでしょう。
しかし、食品会社や製薬会社の利益と対立する微妙な問題でもあるため、おそらく簡単変えられないという事情もあります。
タバコによる健康被害が明らかなのに、どの国もタバコに課税はしても禁止にはできませんし、テレビの健康番組でもタバコをやめようキャンペーンは行いませんね。
食事の問題が明らかなのに、企業としては食事療法にあまり本腰を入れてほしくない理由が背景にあると考えたほうが分かりやすいでしょう。
食事指導に熱心な医師より企業利益を誘導する医師が好まれる
当たり前の食事指導に一所懸命取り組む医師は注目されにくく、企業利益を誘導するような研究結果を発表する研究者がクローズアップされてしまいます。
糖尿病の治療の根幹に、食事療法と運動療法があるのは間違いのないことです。
しかし、栄養学や運動療法だけで業績は出しにくいため、出世もしにくい。
糖尿病学の権威は、栄養学や運動療法の権威とはなりにくいのです。
食事指導に熱心な医師は、患者からも企業からも嫌われる(笑)。
一方で、薬物療法に熱心な医師は、患者からも企業からも病院の経営者からも喜ばれる。
医療にはこのようなバイアスがかかっていることを認識すべきでしょう。
そして、医師は、栄養学的な知識の不足を認識し、改めて栄養学について学び直し、自ら食事の改善に取り組み、患者指導に活かす必要があると思います。

まとめ(どう考え、どう行動するか)
では私たちはどうすればいいのでしょう。
- 医師に栄養に関する適切な指導を期待しない
- 食事も薬による治療も企業活動の影響を受けている現実を知る
- 自ら学び行動する
医師に頼らず、本を読みネットで情報を収集するなどして研究し、学ぶ姿勢が必要です。
しかし、ネット上の健康情報は、特定の商品の購入に導くようなビジネスとからむ情報も少なくないため、注意も必要ですが…
このブログが少しでもそういう人々のお役に立てば幸いです。
《参考文献》
1.医師4199人に聞いた「あなたは『不養生』ですか」. 日経メディカルOnline.2018/07/31.
2.医師は栄養教育を必要としている!?. リンク・デ・ダイエット 世界の最新健康・栄養ニュース. 2019/07/03.
3.Doctors need nutrition education, says commentary in JAMA Internal Medicine. Physicians Committee for Responsible Medicine (責任ある医療のための医師の会) . NEWS RELEASE 2-JUL-2019
4.糖尿病治療ガイド2020-2021.(日本糖尿病学会 編・著)2020年5月 ISBN 978-4-8306-1394-4