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健康に関する「三方よし」の理想と現実

「三方よし」:近江商人の商売に対する心構え


「三方よし」とは、「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」のこと[1]。


つまり「売り手」が儲かるだけではなく、「買い手」にも利益になり、世の中(「世間」)のためにもなる商売を目指すべきだという教えです。

これは、近江地方(滋賀県)に本店を置き、江戸から明治にかけて日本各地で活躍した近江商人が大切にしていた考え方で、現代の企業の経営哲学に広く受け継がれています。

医療の世界であってもこの「三方よし」が、成り立つべきだと思います。

「医は仁術」とは言いますが、経済的に成り立たない医療は長続きできるはずもなく、医学に進歩も期待できません。

また、金もうけばかりに勤しむ医療であっては「医は算術」などという誹りを免れません。

食品会社・製薬会社の利益、医療技術やサービスの進歩、国民の健康の維持増進。これらがバランスのとれた形が理想ですが、望ましくない方向に進みやすい現状と、私たちはどうあるべきかについて考えたいと思います。

医療業界における理想的な「三方よし」のあり方

私が考える医療業界における三方よしは、売り手の「製薬会社」から考えると、優れた医薬品を世に送り出し(売り手よし)、病院(医師)を通じて病状に合わせて適切な処方を受け(買い手よし)、その結果、国民の健康が向上する(世間よし)ことです。

また、医療サービスの観点から、売り手を「病院(医師)」として考えれば、適切な処方や手術などの医療行為を施して(売り手よし)、病に苦しむ人々を治療して(買い手よし)、仕事に復帰して社会貢献していただく(世間よし)、といったところでしょうか。

しかし、現代社会においては、特にメタボリックシンドロームや糖尿病などの生活習慣病ほか慢性疾患に関しては、「歪んだ三方よし」が生じやすい側面があります。

「歪んだ三方よし」とは

現実に目を向けると、利益を追求しようとする企業の思惑と、国民の健康は一致しません。

企業は、安価で美味しく中毒性のある加工食品を売り(売り手よし)、患者さんは美味しくて(不健康な)食物を摂り続け、運動をしない安楽な選択をする(買い手よし)、そして物がたくさん売れ、雇用が保たれ、税収も上がる(世間よし)。

また、続けるのに苦痛を伴う運動はせず、生活習慣も改めず、薬やダイエットサプリに頼る(買い手よし)、健康食品・サプリや成人病の治療薬が売れる(売り手よし)、 雇用が増え税収もあがる(世間よし)。

でも果たしてこれで良いのでしょうか?

photo by jazpianotrio from photo-AC

生活習慣病と企業活動

糖尿病治療の現場

糖尿病治療の根本となる食事指導や運動療法は、患者受けが悪く時間と労力がかかり、繰り返し指導する根気が必要です。

生活習慣を改めるのはストレスのかかる作業であり、長年身に付いた習慣を変え、継続するのは難しいことが多いのが実情です。

どう指導しても、生活習慣を変えられない人は一定数存在して、薬物療法にもきちんと取り組めない方も数多くいます。

そして医師は、患者の受け入れが悪く継続性に乏しい食事指導や運動療法は、多くの患者で限界があることを知っています。

重症の糖尿病や、食事療法や運動療法で治療効果がない場合は、最新の治療ガイドラインやエビデンス、患者さんの生活スタイルや年齢、基礎疾患などに基づいて治療をくみたて、内服薬やインスリンを処方します。

それでも治療に反応しない場合、HbA1cが高いまま放置すると、心筋梗塞・脳卒中などの心血管障害、網膜症による失明、糖尿病性腎症による腎不全など合併症のリスクが上がります。

そのため、複数の内服薬やインスリンを併用するなどして、治療内容を強化していくのです。

食品会社と製薬会社の収益

国民が不健康な食生活で健康を損なうほど、企業利益は増大するという「歪んだ三方よし」の現実があります。

企業は、たとえ悪意はなくても、やめられなくなるような、糖分・塩分・脂肪分の比率を日夜研究し、「至福ポイント」となるような製品開発を行っています[2]。

「飲みたい!」という気持ちを起こさせる新しい清涼飲料を開発するには、「至福ポイント」を見つけ出せばよい。糖分や塩分や脂肪分の配合量がある値にぴたりと一致していると消費者が大喜びするというぽいんとがあり、業界内部の人々はこれを「至福ポイント」と呼んでいる。

「フードトラップ 食品に仕掛けられた至福の罠」マイケル・モス 著

砂糖や異性化糖を使った清涼飲料水やスナック菓子などは、おいしくて一時的に快楽や高揚感を感じやすく、中毒性があり、人々は繰り返し購入します。

意識して摂りすぎないようにしなければ、動物の性質として、美味しいという「快楽」を感じるものを食べるという行動を繰り返し、肥満になります。

そして、習慣的にたくさん摂れば摂るほど、食品会社は儲かり、肥満・糖尿病・高血圧などの生活習慣病のリスクが上昇します。

アルコール多飲者が増えるほど、酒造メーカーは喜び、喫煙者が増えるほどJTは儲かり、税収は増えます。

一方で、糖尿病や肝臓病、高血圧その他の薬を製造販売する製薬会社は、生活習慣病がどんどん増えて、生活習慣を改めることなく薬による治療を受ける人々が増えれば増えるほど、収益が上がるわけです。

同時に加工食品が売れれば売れるほど企業は収益が上がり、不健康な国民が増えるほど製薬会社は儲かるのです。

多くの糖尿病患者さんは、高血圧や脂質異常症、高尿酸血症など複数の問題を抱えていることが多く、治療効果が不十分ならば、さらにお薬は増える一方です。

マスメディアは、これら企業がスポンサーですから、企業の利益に相反する事実は報道できません。

しかも企業からの広告料ではなく、国民から受信料を取ることで成り立っているNHKですらそのような報道はしません。

健康番組で、糖質の摂り過ぎには注意しましょうとは言っても、加工食品や清涼飲料水に砂糖や果糖ブドウ糖液糖がどれだけ入っていて、健康に悪影響を与えるリスクがあるかに関しては決して触れないのはそういうことです。

おまけに、テレビでは、効果も安全性もよく分からないような健康食品がさも健康効果があるかのような印象を与えるようなCMを、タレントを使って流しています。

全国紙にも、紙面の面積の合計の半分が広告というものも珍しくなく、健康や美容に関係する食品やグッズを扱うものがとても多いのに気がつきます。

インターネットの発達などメディアの多様化により新聞の発行部数は減少し、広告収入も年々減少傾向にあるため、企業の不利益につながるようなことは言いにくいのです。

たとえ問題がありそうな情報があったとしても、どのマスメディアも具体的な製品名を挙げて危ないなどという報道はできないのです。

現実は、患者も楽、医療者側も楽、企業は儲かる(三方よし)

便秘や慢性下痢症などでも同じことが言えます。

慢性の便秘や下痢の患者さんには、現代人の食生活に特有の食事の問題が少なからず存在します。

便通の異常は、明らかにパンやめん類、白ご飯、肉類など、食物繊維の少ない食事が主体で、野菜や果物、海藻類などの摂取が少ないのが一因です。

本来であれば、白ご飯よりも麦ご飯を、具だくさんのおみそ汁や、納豆などの豆類、お魚などを多く食べるよう指導すべきでしょう。

しかし、たとえそう指導されたとしても、スナック菓子、ファストフード、コンビニ飯、外食の味や便利さに慣れている現代人はなかなか改善できません。

医師も食事や生活習慣に関する問診や指導を一生懸命するより、便秘の人には便秘薬を、下痢の人には下痢止めを処方する。

そのほうが、患者さんも医療者側も楽なのです。

そうして、同じ薬をずっと飲み続け、薬の売り上げも上がる訳ですね。

患者側も医療者側も、安易に薬物療法に流されやすいのです。

そして、製薬会社も売り上げアップで収益が向上し、株価は上がり株主も喜びます。

ここにも、「歪んだ三方よし」が成立しています。

政府からみれば、国民が健康で長生きしてくれるのは、年々増加する医療費を抑制するという観点からはよさそうです。

しかし、2050年には、日本人の総人口は1億人を割り、人口の40%は65歳以上の高齢者で、平均寿命は90歳を超えるという推計もあります。

元気な高齢者が増え続けるということは,年金財政がさらに将来的にひっ迫する、という問題でもあります。

身体に悪いことが明らかなタバコでさえ、税金は上げても禁止はしない現実をみても、当面は現在の政策を転換してメタボリスクを高める加工食品が規制される可能性は低いでしょう。

Photo by Gerd Altmann from Pixabay

本来あるべき患者指導と経済活動

では本来あるべき理想の姿とは、どのような形なのでしょうか。

医師は、食事や運動の必要性やその方法、禁煙を指導し、必要最小限の薬を処方します。

患者さんは、大して美味しくないものも食べ、良く運動し、酒タバコを控える。辛いし、つまらないことにも堪えなければならないかもしれません。

もしそれをしっかり実行して、継続できれば、かならず治療効果は現れ、薬も不要になるでしょう。

ところが、食品業界も儲からなくなり、サプリや健康グッズは売れない。
薬品会社の売り上げの伸びも鈍化します。

すると、経済規模が縮小し、一部の雇用が失われ、税収は落ち込むかもしれません。そうすれば、薬品会社は、新薬開発への投資意欲がなくなり、新たな優れた医薬品が市場に届けられなくなります。

つまり、本来あるべき姿には、経済活動の観点からはマイナスの側面もあるということです。

そういう意味では、優れた医薬品に対して高く評価した薬価を与えるなど、製薬会社には一定のインセンティブを与えられる仕組みは必要でしょう。

違法薬物・お酒・ギャンブルとの違い

法律で規制を受けるほど健康に害を及ぼすことが明らかで社会的影響も大きい覚せい剤などの違法薬物は取り締まりの対象になります。

一方、ギャンブル依存症になるから、競馬やパチンコを禁止しようということにはなりません。

アルコール依存症がいるからといって、酒類も禁止されることもありません。

多くの人々は、ギャンブルにのめり込み経済的に破綻したり、お酒の飲み過ぎで健康を害することを知っているからです。

依存症をきたすサービスや食品の犠牲になって健康を失う人がいるとしても、それから一定の距離を置いた食生活を実践する知識を身につけ行動できる人が大部分です。

しかし、依存性のある美味しい食物が人々の知らない間に健康を大きく損なっている実態が今後明らかになれば、タバコのように税額が上がったり、パッケージに健康に対するリスクについて記載させる法律ができるかもしれません。

つじ丸

それでもあるべき姿を目指す

私たちはどうすればいいのか

企業活動、経済活動を低下させるかもしれないこのような不都合な事実は、決して表面には出にくいのが分かると思います。

健康に関心のある方でも、テレビや新聞からしか情報を得られないような方は、本当の事実に触れることはありません。

私たちは、マスメディアが報道しないこのような情報をインターネットなどで、得られるような機会を増やすようにしなければなりません。

一方で、インターネットの検索結果次第で、特定の製品やサービスの販売に影響を及ぼしていることを考慮すると、もう既に特定の企業の利益のために操作されるような事態になっていてもおかしくはないと感じます。

医療者側のスタンスとしては、きちんとした患者指導をしながら、企業(薬品会社や食品会社)のマーケティング戦略に一定の距離を置いた医療を実践する姿勢が大切だと思います。

健康は、幸福感を感じるのに最も大切な要因です(「健康と快楽と幸せの関係」)

少なくとも、健康に関心があり、健やかに生きたいと願う人には、そのような食品との距離感を適切に保つ、正しい情報が必要でしょう。

そもそも本来は、学校教育で、食のあり方や加工食品との適切な距離感を学ぶべきものかもしれません。

いまこそ求められる「ヘルスリテラシー」の能力

これまで述べたように、情報を知っていると知らないとでは、病気のリスクへの暴露という意味で大きな差が生じてしまいます。

この情報の差により、将来健康状態に大きな差を生じる危険性があるのです。

今後は、インターネット、書籍など幅広く情報を求め、健康に関する正しい知識を手に入れ、内容を理解し、活用する能力が必要です。

このような能力を、「ヘルスリテラシー」といいます[3]。

 ヘルスリテラシーとは

「健康情報を入手し、理解し、評価し、活用するための知識、意欲、能力であり、それによって、日常生活におけるヘルスケア、疾病予防、ヘルスプロモーションについて判断したり意思決定をしたりして、生涯を通じて生活の質を維持・向上させることができるもの」

「ヘルスリテラシーとは」健康を決める力

つまり、ヘルスリテラシーとは、「正しい健康情報を入手して、自分自身でそれを実行し、健康を維持・向上させる能力」と言えるでしょう。

しかし、一般の人々が、氾濫する情報の中から、正しい情報にたどり着くのは至難の業です。

医療者に求められるもの

私たち医療者側は、自らの知識や経験を活かして、企業活動とは距離を置きつつ、国民がヘルスリテラシーを高められるような活動をしていかなくてはなりません。

その一つが、ブログであり、YouTubeであり、書籍の執筆や講演活動、臨床の現場での地道な患者指導であると思っています。

しかし、残念なことに、現実問題として「医者の不養生」ということが往々にしてあります。

日経メディカルの調べでは、医師の7割が自分が不養生だと感じているというのです[4]。

「運動不足だから」が57.6%と最も多く、「仕事のストレスが強いから」も38.2%と高率でした。「健康診断を受けていない」が32.8%、「食習慣が乱れている」が31.9%とここまでが30%を超えていました。

医師4199人に聞いた「あなたは『不養生』ですか」日経メディカルOnline.

患者さんを指導すべき医師でさえ、不養生を自覚しながら改善できない状態であるのは残念なことです。

医師は、自らを律し、健康な生活を実践するロールモデルであるべきだと思います。

そのためには医師自身、生涯教育のなかで、また、医学部における教育課程で、栄養学やヘルスリテラシーに関する教育もしっかり行われるように見直すべきなのかもしれません。

そして、私は一人の医師として、地道に情報発信していきたいと思います。

ここにたどり着いたあなたにとって、少しでも参考になれば幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

まとめ

  • 「三方よし」は、近江商人の「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」の考え方
  • 医療の世界では、国民の健康を損なう生活習慣が、企業収益の増加につながる歪んだ「三方よし」になりやすい
  • 私たちは、正しい情報を入手し、健康リスクを高める食品との距離感を適切に保つ必要がある
  • そのためにも医療者は、自ら模範となり、患者さんのヘルスリテラシーを高める教育や活動を行う努力が必要

《参考文献》

  1. 三方よしとって何?:三方よしを世界に広める会
  2. マイケル・モス.「フードトラップ 食品に仕掛けられた至福の罠」.日経BP.2014, ISBN-10 : 4822250091.ISBN-13 : 978-4822250096.
  3. ヘルスリテラシーとは:健康を決める力
  4. 医師4199人に聞いた「あなたは『不養生』ですか」. 2018/07/31. 日経メディカルOnline.

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